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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)175号 判決 1978年7月27日

原告

須賀信夫

ほか一名

被告

東京都

ほか二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告らそれぞれに対し金一〇九二万五〇〇〇円及び内金一〇三二万五〇〇〇円に対する昭和四七年九月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告らの請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決ならびに被告東京都(以下被告都という。)は担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

須賀岩夫(以下亡岩夫という。)は昭和四七年九月二三日午後一一時四〇分ころ、小型乗用自動車(八足立こ五六二七号、以下原告車という。)を運転し、東京都江戸川区小島町二丁目九番地先の葛西橋(通称新葛西橋)左岸取付道路を江東区方面から江戸川区方面に向け進行中、同道路上の伸縮継手補修工事によるアスコン摺付凸部分と在来舗装面との段差上を通過した途端に激しいバウンドを起し、ハンドルを取られ、道路中央線を越え対向車線上にはみ出したが、折から反対方向に向け進行中の被告山根守(以下被告山根という。)運転の大型貨物自動車(山一せ七三三号、以下被告車という。)が原告車の左側面に激突し、その衝撃により亡岩夫は頭蓋骨々折により即死した。

2  責任原因

(一) 被告都、同渡辺建設株式会社(以下被告会社という。)

本件取付道路は葛西橋とともに被告都管理の都道であるところ、本件事故当時被告都が被告会社に対し本件取付道路上の伸縮継手の補修工事を請負わせ、被告会社によつて工事が行なわれ、同被告においても本件取付道路を占有、管理していた。

ところで、本件取付道路は荒川と中川下流を架橋する葛西橋の本体と江戸川区内の都道とをさらに架橋する取付道路で、江戸川区内の都道より葛西橋の方が高いため、葛西橋上から江戸川区内の都道に向つて七パーセントというかなり急勾配の下り坂となつており、葛西橋本体から二つのジヨイント、続いて三つの伸縮継手によつて継がれている道路で、普段でも交通事故が多発し、運転者には危険な道路として定評があつた。特に事故当時には右三つの伸縮継手が工事中のため、高さ一三センチメートル、幅六メートルの覆工板及びアスコン摺付の凸部分が道路上を横断し、在来舗装面との間には直角に近い段差をつくつていた。右のような状況のもとでは本件のような交通事故の発生する危険性が極めて大きいのであるから、被告都及び被告会社は、本件取付道路の通行を禁止すべきであつた。

仮に、通行を許す必要があり、工事休止中の夜間に通行を許すのであれば、被告都及び被告会社は、(1)伸縮継手上のアスコン摺付の凸部分と在来舗装面とに段差が急激に生じないよう滑めらかに摺付けるべきであり、(2)制限速度も四〇キロメートルのままではなく、最徐行ないし徐行とすべきであり、(3)取付道路自体が相当な急斜面なのであるから、夜間には工事部分に照明を付加し、(4)自動車等の運転者をして本件工事部分の所在を識別予知させるために相当手前の距離から、段差の存在を知らせる標識を立て、さらには赤色燈や黄色燈を設置して工事凸部分を明示する等、道路交通の危険防止のため必要な措置を講ずべきであつたにもかかわらず、被告都及び被告会社において右のような措置を講じなかつたために本件事故が発生したものである。

なお、本件事故現場の手前(江東区寄り)約一五〇メートルの橋の欄干上に、縦・横各〇・九メートルの「危険この先工事中につき段差あり注意」と書かれた標識が設置されていたが、設置されていたのが、本件事故地点とはかなり離れており、しかも歩車道の境ではなく、右のように欄干上であり、右標識が設置されていたからといつて、本件工事部分の危険発生を防止するには極めて不十分であつた。

以上のとおり、本件道路は事故当時道路として通常具有すべき安全性を欠いていたにもかかわらず、被告都及び被告会社は通行を禁止もしくは制限することなく放置し、必要な措置を講じなかつた。よつて、被告都は本件道路の設置管理者として国家賠償法二条一項により、被告会社は道路の占有管理者として民法七一七条により、それぞれ原告らの被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告山根

被告山根は被告車の保有者であり、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告らの被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 葬儀費用

原告らは、亡岩夫の父母であり、同人の事故死により、その葬儀を執り行ない、その費用として各金一五万円を支出し、同額の損害を被つた。

(二) 逸失制益

亡岩夫は昭和二七年四月二〇日生の健康な男子で、本件事故当時アルバイトをしながら国学院大学夜間部法学部一年に在学中であつた。したがつて、昭和五一年三月には大学を卒業し、同年四月一日から満六七歳に至るまで稼働し収入を得た筈であり、昭和四八年度の労働省発表の賃金センサス第一巻第二表によれば、新大卒男子労働者の平均賃金は、きまつて支給する給与額が一か月金一二万五八〇〇円、年間賞与その他特別給与額が金五〇万八七〇〇円であるから、亡岩夫はもし本件事故に遭遇しなければ大学を卒業した満二三歳から満六七歳に至るまで少なくとも右程度の年収をあげたと推認され、生活費として右収入の二分の一を控除し、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して現在価額を算定すると、金一四三五万円(一万円未満切捨)となる。そして、亡岩夫には原告らのほか他に同人の相続人は存しないから、原告らは亡岩夫の右賠償請求権を各金七一七万五〇〇〇円ずつ相続により取得した。

(三) 慰藉料

原告らは長男である亡岩夫の将来に期待を寄せていたが、その最愛の息子を一瞬にして失つた精神的苦痛は大であり、慰藉料額は各金三〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人に本訴の提起、追行を依頼し、報酬として請求額の約六パーセントに当たる各六〇万円の支払を約した。

4  よつて、原告らは被告らに対し、各自各金一〇九二万五〇〇〇円及び内弁護士費用を除く各金一〇三二万五〇〇〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四七年九月二四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告都

(一) 請求原因1の事実中、亡岩夫運転の原告車が本件道路上の伸縮継手補修工事によるアスコン摺付凸部分と在来舗装面との段差上を通過した途端に激しいバウンドを起し、ハンドルを取られたため道路中央線を越え対向車線上にはみ出したことは不知。その余の事実は認める。

(二) 同2、(一)の事実中、本件取付道路が被告都の管理する道路であること、本件事故当時本件取付道路上の伸縮継手の補修工事を被告会社に請負わせ、同被告において工事を実施し同工事部分を占有管理していたこと、本件取付道路は葛西橋の本体と江戸川区内の都道とを架橋する道路で、葛西橋上から江戸川区方面に向つて七パーセントの勾配の下り坂となつており、途中三つの伸縮継手によつて継がれている道路であること、本件事故当時右三つの伸縮継手はいずれも工事中であつたこと、本件事故当時通行が禁止されていなかつたこと、本件事故現場の手前(江東区寄り)約一五〇メートルの地点(正確には最も江東区寄りのアスコン摺付部分から約一五〇メートルの地点)に原告ら主張のような標識が設置されていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

すなわち、伸縮継手の補修工事中でも作業時間帯以外は通行の用に供するため覆工板を設置するのであるが、右覆工板を設置すると、右覆工板の上り下り各方向の両端において在来舗装面との間に一三センチメートルの直角の段差が生ずることになるので覆工板の右両端において、それぞれ四ないし四・五メートルの幅でアスコンを摺付けて右直角の段差をゆるやかな傾斜段差となるように仮設工事を施工していたもので、本件事故当時自動車の通行に何らの支障もなかつた。また、右のようにアスコン摺付け工事によつて本件取付道路上にはゆるやかな傾斜段差ができていたので、そのことを自動車運転者に注意させるため、亡岩夫の走行車線には最も江東区寄りのアスコン摺付部分から江東区方面へそれぞれ約一〇メートルと約一五〇メートルの各地点に縦、横各約九〇センチメートルの正方形の白ペンキを塗つた板に「危険この先工事中に付三個所段差あり注意」または「徐行段差」と夜光塗料で書いた標識を設置したうえ、本件取付道路のアスコン摺付工事を行なつた三箇所の道路両側端には、約六〇メートルにわたつて黄色に塗つた六〇ワツトの電燈を約四メートル間隔に設置し点燈していた。したがつて、被告都に道路管理上の過失はない。

(三) 同3の事実は争う。

2  被告会社

(一) 請求原因1の事実中、亡岩夫運転の本件原告車が本件取付道路上の伸縮継手補修工事によるアスコン摺付凸部分と在来舗装路面との段差上を通過した途端に激しいバウンドを起し、ハンドルを取られたとの点は争い、その余の事実は認める。

(二) 同2、(一)の事実中、被告会社が被告都から同管理にかかる都道である本件取付道路上の伸縮継手の補修工事を請負い、工事進行中であつたこと、被告会社が本件取付道路の工事部分を占有管理していたこと、本件取付道路が葛西橋上から江戸川区方面に向つて七パーセントの下り坂で、三つの伸縮継手によつて継がれている道路であること、及び本件事故当時三つの伸縮継手がいずれも工事中であつたことは認めるが、本件取付道路が普段でも交通事故が多発し、運転者には危険な道路として定評があつたことは不知。その余の事実中、原告主張のような段差があつたこと、夜間に照明を付加していなかつたこと、標識を設置していなかつたことは否認する。

すなわち、本件取付道路の伸縮継手の補修工事箇所は葛西橋本体の東端(江戸川区寄り)から江戸川区方向へ約二〇・九メートルの地点と、同地点から約二五メートルの地点及びさらに同地点から約二五メートルの地点の三箇所で、各補修工事箇所は在来舗装面を剥離したためその部分を覆工板で覆つた。そのため覆工板の上り下り各方向の両端において約一三センチメートルの段差が生ずるので、覆工板の右両端に幅四ないし四・五メートルにわたり傾斜状にアスコン摺付を施したものであるから、その傾斜度は四〇〇ないし四五〇分の一三の傾斜で、原告ら主張のような直角の段差ではない。しかし、被告会社は覆工板の設置、アスコンの摺付によつて本件取付道路上にゆるやかな傾斜面が生じたので、この状況を運転者に警告するために、本件取付道路の上下車線の工事箇所の手前約一〇メートルと約一五〇メートルの道路側端にそれぞれ「段差徐行」と表示した標識を設置し、右標識は夜間でも街路照明によつて容易に視認できるものであつた。そして、原告らが亡岩夫がハンドルを取られたと主張するアスコン摺付部分は、右三箇所のうち、一番江戸川区寄りの箇所で、亡岩夫は既に二箇所のアスコン摺付部分を走行通過してきたものであるから路面の状況は十分認識していた筈であり、また事故現場に亡岩夫運転の本件原告車のスリツプ痕もないこと等から考えると、亡岩夫は前方注視を怠り、アスコン摺付部分の存在を何ら意に介せず、高速で走行してきて本件事故を惹起したもので、被告会社に道路管理上過誤があつたということはできない。

(三) 同3の事実中、亡岩夫が昭和二四年四月二〇日生れであることは認めるが、その余は争う。

3  被告山根

(一) 請求原因1の事実中、被告山根運転の本件被告車が亡岩夫運転の本件原告車に激突したことは否認し、その余の事実は認める。

(二) 同2、(一)の事実は不知。

(三) 同2、(二)のうち被告山根が本件被告車の運行供用者であることは認める。

(四) 同3の事実は争う。

三  抗弁

1  被告都

仮に被告都に本件事故による損害賠償責任があるとしても、本件事故は、亡岩夫が制限速度(時速四〇キロメートル)をはるかに超える速度で運転していたうえ、前方の標識及び黄色燈をよく確認しないで運転した前方不注視の過失があつたのであるから、賠償額の算定にあたつては右事情を考慮すべきである。

2  被告山根

本件事故は、被告山根運転の本件被告車が、事故現場が工事中のため徐行しほとんど停止状態のところへ、亡岩夫運転の本件原告車がかなりの速度で激突してきたものであつて、本件道路のアスコン摺付工事部分が危険な状態にあつたことと、亡岩夫の過失がその原因であつて、被告山根には本件被告車の運転に関して過失はなく、また同車に構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。

四  抗弁に対する原告の認否

1  被告都主張の過失相殺の主張事実は否認する。

2  被告山根の免責の主張の事実中、本件工事部分のアスコン摺付が危険な状態であつたことは認め、その余の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和四七年九月二三日午後一一時四〇分ころ東京都江戸川区小島町二丁目九番地先の本件取付道路において東京都江東区方面から同江戸川区方面に向つて進行中の亡岩夫運転の本件原告車と、対向車線上を反対方向に向つて進行中の被告山根運転の本件被告車とが衝突し、その衝撃により亡岩夫が頭蓋骨々折によつて即死したことは各当事者間に争いがない。

二  原告らは、本件事故は亡岩夫が本件取付道路上の伸縮継手補修工事によるアスコン摺付凸部分と在来舗装面との直角の段差を通過した途端に激しいバウンドを起し、ハンドルを取られて対向車線に侵入したために発生したものであり、被告都は本件取付道路の設置管理者として、被告会社は本件取付道路の占有管理者として、いずれも本件道路の設置または保存に瑕疵があつた旨主張するので、以下この点について判断する。

1  本件取付道路は荒川と中川下流とを架橋する葛西橋の本体と江戸川区内の都道とを更に架橋する道路であり、葛西橋とともに被告都の管理する都道で、葛西橋上から江戸川区内の都道に向つて七パーセントの下り坂となつており、途中三つの伸縮継手によつて継がれていること、本件事故当時、被告会社が被告都から右伸縮継手の補修工事を請負い、右三つの伸縮継手がいずれも工事中で、同被告において右工事部分を占有管理していたことは原告らと被告都及び被告会社間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第三号証、乙第七号証の二ないし九、実況見分調書(甲第三号証)添付の写真であることに争いのない乙第七号証の一一ないし一五、乙第七号証の一四、一五の写真を拡大した写真であることに争いのない乙第九号証の一、二、昭和四七年九月二四日に本件現場を撮影した八ミリフイルムの拡大写真であることに争いのない乙第一〇号証の一ないし四、証人岡本文夫の証言により成立の認められる乙第二号証、証人佐藤旭の証言によつて成立の認められる乙第八号証、証人内田晃、同塩屋敏明、同佐藤旭、同西野英夫、同桑原林造の各証言、被告山根守本人尋問の結果を総合すると、本件取付道路は、車道の幅一一・五メートルのアスフアルト舗装の道路で車両走行速度は時速四〇キロメートルに制限され、道路両側には約五〇メートル間隔で街路燈である水銀燈が設置されているため前方の見通しは良好であること、本件取付道路上の三箇所の伸縮継手工事部分は、葛西橋本体から江戸川区方面に向つて、二〇・九メートルの地点、同地点から二五メートルの地点及び同地点からさらに二五メートルの地点であり、いずれも右伸縮継手部分の在来舗装面を全部堀り起して剥がしたうえ、その間に覆工板を敷き、作業中は片側通行として通行を禁止した側の覆工板をはずして工事を行い、作業をしない午前六時から午後一〇時までの間及び休日には覆工板をのせて全面的に車両の自由通行を認めるという方法で行つていたこと、当初被告会社及びその下請である訴外有限会社内田工業としては、右覆工板の支えとして高さ二〇センチメートルのH鋼を使用する計画でその旨の施行計画承認願を提出したが、工事の担当部署である被告都建設局第五建設事務所としては、右H鋼では高さが高すぎるのと、在来面との接着が悪く固定化しないのでH鋼ではなく、木の角材を使用するよう、また、アスコンの摺付けは四ないし四・五メートルとするよう指示したこと、右指示にもとづき、被告会社は、昭和四九年九月一三日から同月一六日にかけて前記舗装面を剥がした各二・二メートルの部分の両端に厚さ三センチメートル、幅二〇センチメートルの板をまず敷き、その上に一〇センチメートルの木の角材を置き、その両角材の間に厚さ一〇センチメートル、幅二メートルの覆工板をのせ、その結果在来の舗装面との間に一三センチメートルの直角の段差が生ずるので、その外側に向け約四ないし四・五メートルにわたつてアスコンを摺付けているなど仮設工事を了したこと、そこで同月一八日、前記第五建設事務所江戸川南工区長である訴外佐藤旭及び同工区の工事監督である訴外塩屋敏明が右現場に臨み、覆工板が動かないか、在来面とアスコン摺付面に段差がないか、アスコンの摺付が滑めらかかどうか、アスコンの摺付の長さが四ないし四・五メートルあるかどうか等を検査したところ、いずれの点とも異常のないことが確認されたうえ、右塩屋が自ら自動車を運転して右工事箇所を制限速度の時速四〇キロメートルで往復したところ、アスコン摺付部分を通過する際にふわつと浮くような感じであつたが、通常の走行では全く危険がなかつたこと、本件事故直後に行なわれた実況見分の際にも原告ら主張のような段差は確認されなかつたこと、本件工事中にアスコン摺付の傾斜による事故は他に発生していないことが認められ、証人西野英夫の証言、原告須賀信夫、被告山根守各本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してたやすく措信することができず、他に右認定を覆えす証拠はない。

右認定事実を総合すると、本件事故現場のアスコン摺付け部分は原告ら主張のような段差はついておらず、滑めらかでゆるやかな傾斜になつていたものと認めざるを得ない。

3  さらに事故現場の手前(江東区寄り)に縦、横各〇・九メートルの大きさの「危険この先工事中に付段差あり注意」と書かれた標識が設置されていたことは原告と被告都との間において争いがなく、前掲乙第二号証、甲第三号証、実況見分調書(甲第三号証)添付の写真であることに争いのない乙第七号証の一、一〇、証人内田晃、同塩屋敏明、同佐藤旭の各証言を総合すると、前記工事の開始にあたつて前記第五建設事務所から工事標識を上下両線に二か所ずつ掲示するよう指示があつたので被告会社は上り方向は右工事区間の東端から約六〇メートルと約七五メートル東方の各地点に、下り方向は同じく工事区間の西端から約七〇メートルと約一五〇メートル西方の各地点の道路左側の橋の欄干もしくは電柱の部分に「危険この先工事中に付段差あり注意」と書かれた〇・九メートル四方の標識を設置したこと(右工事区間の西端から約一五〇メートル西方の地点に右のような標識が一枚設置されていたことは原告らと被告都の間において争いがない。)、右設置場所は歩車道の境ではないものの、欄干もしくは電柱と車道との間には幅二メートルの歩道があるのみで、歩車道の境にはガードレールは設置されておらず、その他車道から右標識を遮ぎるような物は何もないこと、また本件事故の翌々日前記佐藤旭が事故現場に赴いて確認したところ標識が二か所ずつ掲示されていたことが認められ、証人西野英夫の証言中右認定に反する部分はたやすく措信できない。

4  次に速度制限の点であるが、証人内田晃、同塩屋敏明、同佐藤旭、同西野英夫の各証言によると、本件事故当時現場付近の速度制限は時速四〇キロメートルで、それ以上に特に制限していなかつたことが認められるが、前記認定のように訴外塩屋敏明、同佐藤旭が現に時速四〇キロメートルの速度で走行してみた結果なんら安全性に問題がなかつたのであるから、特に時速四〇キロメートル以下の速度制限を設ける必要はなかつたものというべきである。

5  さらに照明の点であるが、前記認定のように本件現場付近には約五〇メートル間隔で街路燈である水銀燈が設置され、前方の視界は良好であつたのであるから、照明設備としては一応足りているものというべきである。

そうだとするならば、本件取付道路は道路として具備すべき安全性を欠いていたとはいえず、その保存管理に瑕疵があつたとすることはできない。

もつとも、前掲乙第二号証、同第七号証の一四、一五、同第九号証の一、二、同第一〇号証の一ないし四、証人内田晃、同塩屋敏明、同佐藤旭、同西野英夫の各証言によると、本件工事区間の七〇メートルの間の両側欄干に沿つて合計約二〇箇の黄色燈が設置されていることが認められるものの、乙第七号証の二ないし九、及び証人西野英夫の証言、被告山根守本人尋問の結果に徴すると、本件事故当時右黄色燈が点燈されていなかつたのではないかとの疑いが濃いが、前記認定のとおり、覆工板の部分がゆるやかな傾斜であつたうえ、注意を喚起する標識も設置されており、照明設備も一応足りていたことを考えると、右黄色燈が当時点燈されていなかつたとしても、これをもつて保存管理上瑕疵があつたとすることはできないものというべきである。

三  次に被告山根が本件被告車の運行供用者であることは同被告の認めるところである。

四  そこで、右被告主張の抗弁について判断するに、本件事故は被告山根運転の被告車の走行車線内で発生していること前記のとおりであるうえ、前掲甲第三号証、証人桑原林造の証言、被告山根守本人尋問の結果によれば、被告山根は亡岩夫の対向車線を時速四〇キロメートルで進行していたが、同人としては前記のように覆工板の箇所が高くなつており、被告車にアスコンを積載していて重かつたため、同一速度で進行すれば自車のスプリングが折れることがあると考え、本件衝突地点の約一五メートル手前で急ブレーキをかけ、覆工板の箇所を通過しようとしているときに原告車が突然被告車の進路に進入してきて衝突したものであること、衝突後被告車はほとんど動いておらず、停止に近い状態で衝突したこと、一方、亡岩夫の進行車線にはブレーキ痕等なく、同人はブレーキをかけないまま衝突したものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

そして右認定事実に前記のような路面状況とを併せ考えると本件事故は、亡岩夫の速度の出し過ぎとハンドル及びブレーキ操作の誤まりによつて惹起されたものと推認せざるを得ず、被告山根には被告車の運転に関しては過失はないものというべきである。また前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば被告車に構造上の欠陥もしくは機能の障害はなかつたことが認められる。

そうだとするならば、被告山根は自動車損害賠償保障法三条但書により本件事故による損害については責任を負わないものというべきである。

五  以上の次第であるから、原告らの、被告らに対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 片桐春一 金子順一)

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